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ゆ〜たん音楽堂店主 つぶやき ささやき Vol.5

Vol.5 発端は、中森明菜 − ひとつを選びつづける生き方

僕は1981年に大学に入学しました。まさに80年代とともに学生生活をスタートさせた格好で、ちょっと気取って言うと‘僕の青春は80年代とともにあった’なんてことになるのでしょうか。

たしかに80年代のスタートを象徴するかのような出来事もありました。僕が大学に入る1年前の80年、王貞治が引退し、越路吹雪が亡くなり、後のスーパーアイドル 松田聖子がデビューを果たしました。そして、アメリカではジョン・レノンが銃弾に倒れました。その時、福岡で予備校生活を送っていた僕は「時代が変わるんだ」と漠然と考えていました。生まれて初めての感覚でした。

僕たちの世代は「新人類」や「シラケ世代」と呼ばれた、世間的には<よくわからない世代>に属していることになっています(そんなこと本人たちは思ってませんけど…)。 小沼純一さんは僕より少しだけ年上ですが、僕たちはほとんど同じ時期に同じキャンパスで学んでいました。学生時代にお会いしたことはないのですが、この本を読んでいるとなんだか古くからの友人といっしょに、駅前の喫茶店で学生時代を懐かしんでいるような感覚につつまれました。

80年代をテーマとした議論が最近増えてきました。いろいろと書かれたものを読んだりしてきたのですが、なかなか「うんうん、そうだよね」「あぁ、僕はあの時代をこうやって生きてきたんだナァ」と共感できるものがありませんでした。いつも時代の空気を言葉にすることの難しさをずっと感じてきました。それがこの本によって少し溶解したような気がするのです。

小沼さんがなぜテーマを中森明菜としたのか、なぜまさに80年代の象徴でもある松田聖子でなかったのか‐その真相はぜひ本書を読んでいただきたいのですが、僕は小沼さんが「明菜」を主題とすることで、僕たちの世代がもつあるモヤモヤとした感覚を、世代を代表して言語化してくださった、そう思っています。なにしろ僕たちは<よくわからない世代>と呼ばれ続けてきたのですから、いろいろと難しいのです(笑)。

《誰かがそばにいても鬱陶しいし、ひとりで過ごすのはときとして楽であるが、そのときどきによって自らのはいりこみようは違ってくる》

これはこの本の中の一節です。ちょっと前後関係が遮断されているのでわかりにくいかと思いますが、読みながら僕はここではたと本を置きました。このウネウネしたわかりにくさ、乾いているようで粘着質のような感じこそ僕たちの世代がもつ皮膚感覚なんだろうと思うのです。

でも、実はこの皮膚感覚こそが、僕たちが社会に対して示してきたプライドのような気がするのだけど、う〜ん、わかってもらえるかな??

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イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)