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ゆ〜たん音楽堂店主 つぶやき ささやき Vol.3

Vol.3 黒人霊歌は生きている ―歌詞で読むアメリカ―

中学3年の時、合唱部の顧問であったM先生が聴かせてくださった一枚のレコードがありました。「みんな、今から世界一の歌声を聞かせてあげるからね!」そう言って、先生は盤面に静かに針を落としました。やがて……。‘Deep River,My Home is over Jordan,’今まで一度も聴いたことのない音楽がそこから流れだしました。

曲が終わりました。みんな言葉を失っています。「よく覚えておいてね、歌手の名前はマリアン・アンダーソン、『深い川』という曲よ」僕は全身が金縛りにあったようで、その後の練習にもチカラが入らなかったのを覚えています。これが僕の黒人霊歌との出会いでした。

その後、長じてあの時聴いたレコードを買ったり、合唱団でたくさん霊歌を歌ったりしましたが、残念ながら、あの時の感動を取り戻すことはできませんでした。きっと僕の中で、もはや<思い出>へ昇華されてしまったのだろうと思うのです。

僕はあの夏の日の音楽室の風景や肌触りを思い出しながら、この本を読みました。そして、僕たちがいかに黒人霊歌というものを感傷や情緒でとらえていたのか、そして、その歴史について知らずにいたのか……、そんな思いに駆られました。「日本人はナイーブに、言いかえれば無知で無垢に、被害者でも加害者でもない立場で歌を受け止める。人間の非力を感じさせる圧倒的な悲しみに結び付けて、感傷的に黒人霊歌に刺激と癒しを求める。」著者のウェルズ恵子さんはそう前書きに記します。今、僕たちにさまざまな分野で求められている<歴史を冷静に見る目>を養うこと、それをこの黒人霊歌という極めて感性と情感に訴える音楽を通して涵養する……そのための道しるべにこの本がなるような気がしています。

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イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)