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モーツァルトを食べる その1(池田直樹)

第1回 最初の旅とパンスープ

 モーツァルトのオペラ作品を、誕生から最後の『魔笛』まで辿りながら、モーツァルトが食べた料理を私の台所で再現し、味わい、さらにそれに対応する私の創作料理を紹介し、書き進めてみたいと思っています。どうぞお付き合いください。

 私の愛するモーツァルトは18世紀に36年間だけ生きた作曲家です。音楽家であった父親レオポルト・モーツァルト(以下、レオポルド)は、モーツァルトの才能を開花させる為に思いを尽くし、その名をヨーロッパ中に知らしめました。レオポルトの努力は大変なものでしたが、モーツァルトの短い生涯の10年と2ヵ月は、異郷の地で暮らすことになったのです。レオポルトは、旅先から妻へ1200通を超える手紙を書いていて、その中には、何月何日に誰と会い、どこで演奏し、なにを食べたのかについてもこと細かに書いています。またモーツァルト自身もたくさんの手紙を書いています。これらの手紙を参考に「モーツァルトを食べる」を書いてみようと思います。

 モーツァルトは天才だったのです。そんなこと誰でも知っている!私には関係ない!そうでしょうか?モーツァルトは1756年に生を受け、1791年に天に召されましたが、彼がこの世に存在したことで、人類は幸せの果実を受け取っているのです。はあ?なにそれ?って?クラシック音楽を愛する人々には、もちろん大きな幸せを与えてくれているモーツァルトですが、文明社会の生き物の生育に大きく関わっているのもモーツァルトなのです。植物にモーツァルトの音楽を聴かせれば気持ち良く育ち、酒の醸造所でモーツァルトの音楽を流せば、酵母菌は安心して発酵を重ね、幼稚園で、老人ホームでモーツァルトを流せば、みんな落ち着いて笑顔でいることが出来るのです。ベートーヴェンもワーグナーも尊敬すべき大作曲家ですが、彼らの音楽を植物に聴かせたら、酒蔵で鳴り響かせたら、みんな悩み、途方にくれて、その後どうなるのやら…。とんでもない結果が生まれるに違いありません。モーツァルトの音楽だけが、全ての生き物の中に断りもなしにすーっと入っていけるのです。

 私個人の話で恐縮ですが、オペラ歌手の私にとりましては、モーツァルトが作品を書いてくれていなかったら、歌手としての生活に喜びはなかったのです。たくさんの主要な役を日の当たらない私達〈低声族〉に書いてくれています。その話は、追って書くことにしましょう。モーツァルトは天才!ここに戻りましょう。天才と言ったって尋常じゃありません。3才の時、音楽に才能の発芽を感じ取ったレオポルトは、直ぐにヴァイオリンとクラヴィーア(ピアノの前身)の指導を始め、5才の誕生日間近に、11才の姉も一緒に馬車に乗せ、生地ザルツブルクからミュンヘンへ演奏旅行に出ているのです(1762年1月12日)。モーツァルトは5才で最初のピアノ曲を作曲しています。もう想像を超えていますね。ミュンヘンではバイエルン選帝候から高い評価を受け、自信をつけたレオポルトとモーツァルトは9月には音楽の都・ウィーンへと旅立ちます。

少年時代のモーツァルト

ブロート ズッペ(パンスープ)

 さて、少年モーツァルトは何を食べていたのでしょう。レオポルトの名誉欲と金銭欲の為に、幼時からヨーロッパ中を郵便馬車に揺られて巡り、働かされたモーツァルトは、生涯一度も学校教育を受けることはなく、体は貧弱で背は低く、カタル(鼻炎)、リウマチと熱、天然痘、腸チフスなどの感染症にも悩まされました。レオポルトは、息子を酷使しながらも、その健康のために、当時既に出版されていた料理本「新ザルツブルクの料理本」、薬膳料理本「ザクロ」を参考に、何種類ものスープを作らせていました。

 この「新ザルツブルクの料理本」は、ザルツブルク大司教の宮廷料理長の著書で、スペイン料理、フランス料理、イタリア料理までも紹介されていたのだそうです。この中からレオポルトが自宅でメイドに作らせていたのは、何種類ものスープでした。ザルツブルクの代表的なスープは「ビアー・ズッペ」でした。ビール・スープです。因みに、当時のザルツブルクには10カ所を超えるビール醸造所があり、基礎栄養食品としても認められていたようですが、安全な飲み水の入手が困難でしたから、モーツァルトも子供の頃からビールを飲んでいたようです。

 さてどんなスープかといいますと、
「ビアー・ズッペ」タマネギ、小さく切った黒パンをラードで炒めて、ビール、ブイヨンを加え、塩、胡椒、シナモン、グローブで味を整え粥状になるまで煮て、小さく切ったパンの上にかけて食べる。う~ん 美味しいかなぁ…。
「薬草スープ」薬草数種を刻んで、ブイヨンで煮て、卵とサワークリームを加えて、よくかき混ぜたスープ。これをトーストしたパンを小さく切った上にかけて食す、、これも美味いかなぁ…。これは、モーツァルト家の定番スープだったのだと。さて…。
「牛肉ズッペ」これは、上流階級のスープで、牛肉と牛の骨髄を使ったスープです。現在でもオーストリアの代表的な料理らしいのですが、骨髄が手に入りませんのでパス!
「ブロート・ズッペ」パンのスープです。病床のモーツァルトがこのスープに何度も救われたと書いてありますので、作ってみましょう。

ブロート・ズッペの作り方
小さく切ったパンと刻んだタマネギをラードで炒め、固形スープの素と水適量を加え粥状になったら卵を加えてかき混ぜ、塩味を確認し、器に盛ってから刻みパセリを散らす。

 思ったより美味しいスープでした。病気の時は消化の良い「お粥」ですね。パンでも「お粥」が作れるのだと知りました。
私は1999年にNHKの「きょうの料理」主催の創作料理コンテストで1位になった経験を持っています。作ったのは題して「緑のそよ風」。この先どこかで紹介しましょう。

直樹の歌手ナッツスープ(創作料理1)

 さて、ここでは私もスープを考えました。
カシューナッツのポタージュスープです。オペラ歌手の創作スープですから、題して「歌手ナッツスープ」。白いきれいなスープをイメージして作りました。

歌手ナッツスープの作り方

  • 鍋で、みじん切りのタマネギをオリーブオイルで炒める。 白いスープを作るので焦がさないように。
  • 1の鍋に水を加えカシューナッツを柔らかくなるまで煮る。 水が多いと、後で煮詰める必要が生じます。
  • カシューナッツが柔らかくなったら、ミキサーを使い、 粒が残らない状態までつぶす。
  • 固形スープの素、牛乳を加え弱火で5分煮る。 ここで、味見をして、塩を足すかどうか判断して下さい。
  • 器に盛り、固めに茹でたオクラをスライスして散らす。 お好みで、オクラは生のスライスでも大丈夫です。

カシューナッツの甘味が楽しい、とても美味しいスープが出来ました。
今回初めて作ったスープです。牛乳でなく豆乳で作れば、もっとヘルシーになりますね!生クリームを加えればリッチな味わいになるでしょうね。

次回もお楽しみに!

参考文献
関田淳子:モーツァルトの食卓(朝日新聞出版、2010年)
中野雄:モーツァルト 天才の秘密(文藝春秋、2006年)
堀内修:モーツァルト オペラのすべて(平凡社、2005年)
吉田菊次郎:欧州スイーツ街道(明治書院、2009年)