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ゆ〜たん音楽堂店主 つぶやき ささやき Vol.13

Vol.13 内沼映二が語る レコーディング・エンジニア史

レコーディング・ディレクターという肩書きを持ち始めてかれこれ30年くらいになる。この間いったいどれくらい録音したのかわからないが、1年で1,200曲近くレコーディングしたこともあったことを考えると、もしかすると7,000とか8,000の数に達しているのかもしれない。よく録って、編集して世に出してきたものだ。

僕たちが仕事をする上での絶対的存在がレコーディング・エンジニアと呼ばれる人たちで、彼らなくしてはニッチもサッチもいかない。あまり一般的にはその仕事の中身は知られていないが、彼らは紛れもなくアーティストである。

内沼映二さんはレコーディング・エンジニアの世界においては神聖化された存在の人だ。残念ながらこれまで、直接現場をご一緒する機会には恵まれていないが、今回この本が出版されるたことで、内沼さんが歩んでこられた軌跡の一端を知ることができたのは収穫だった。

録音機器は日進月歩、便利さを増し、ユーザビリティをあげている。であるならば日々、「名録音」が生まれなくてはならないはずだが、そうは簡単にはいかない。僕たちはコンソールの前で、無限の、音のコンテクストの可能性を追求しながら、悶々と、また喜々としてサウンドを形成していくエンジニアたちの姿や佇まいに、もっと目を向け、讃えなくてはならないはずなのだ。

この本には1962年にエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた内沼さんがどのようにアーティストたちやアレンジャー、そして表現をするためのエキュイプメント(機材)、そして「時代」と言う魔物とどのように関わり、トップランナーとして仕事を続けてきたのかを知るための「自伝」と言える。

「(内沼さんの)どこがすごいか。それは、話をせずともスコアから出てくる作家の意図を汲み取る能力にあると思います」エンジニア林哲司さんの言葉だ。

御年76歳の内沼さんはどうやらまだ進化・深化をしているようだ。であるならば僕たち「若造」はもっともがいたっていいし、才能が足りないのならもっと努力すればいい、そうやって生きることへ背中を押してくれる本だった。

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イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)