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ゆ〜たん音楽堂店主 つぶやき ささやき Vol.8

Vol.8 モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち

大学に通っているころ、作曲家の藤原義久先生が担当されていた「音楽」の授業に出席していました。その授業で、歴史学を専攻していた大学院生Aさんが確かモーツァルトのピアノ協奏曲について発表したことがあったのですが、その時、彼が言った言葉が今も脳裏を離れません。

「よくモーツァルトやベートーベン、リストやドビュッシーの作品を取り上げて<時代性>を説く人がいるが、僕は違うと思う。なぜなら、大作曲家と呼ばれている人たちの作品が偉大なのは時代を飛び越えているからであり、もし本当にある時代の特色を知りたいと思うのなら、僕たちは大作曲家の影で忘れ去られた人たちの作品に耳を傾けるべきではないか。」

おぉ、つまり、巨匠たちの作品は「時代」を飛び越えているからこそ偉大なのであり、その当時の本当の空気、においは巨匠たち以外の作品に求めるべきだというのです。なーるほど。僕は正直言って、その視点のシャープさに腰を抜かしたのです。

そうなると、偉大な父を持った同業の子どもたちはたいへんです。

モーツァルトには6人の子どもがいました。しかし、当時の医療事情、社会事情もあり、その中で生き残ったのは次男と四男の2人だけでした。次男のカール・トーマスは早々に音楽家への夢を捨て、官吏として一生を送りました。

たいへんだったのは四男のフランツ・クサヴァー・ヴォルフガング。14歳でデビュー後、父と同じ名前“ヴォルフガング・アマデウス”に改名し、欧州各地を演奏して回るも、なかなか偉大な父のようにはいきません。自作の楽譜出版も思うような収入を生み出してくれない。そして、30代に至って早々と「ただの人」となったのでした。

う〜ん、二世流行の昨今、何だか同じようなことを見聞きするような気がしますが、こんなことは当の昔からあったというわけです。でも、本人にしてみたら必死だったわけで、僕なんかはどちらかというと、そんな失敗と挫折にあふれた人生にこそ<人生の真の姿>があるように感じるんですけど…。あれ? これって、Aさんが昔言ってたこと、ですね。

本書は池内紀さんが出会った、気になる人たちの消息をたどる30のエッセイ集。著者、いわく「この『モーツァルトの息子』に入っている30人は、読書の裏通りで出くわした人々である。ものものしい伝記を捧げられるタイプではなく、その種の伝記にチラリと姿を見せ、すぐまた消える。ただなぜか、その消え方が印象深い、そんな人たち。」

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イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)