Menu

ゆ〜たん音楽堂店主 つぶやき ささやき Vol.4

Vol.4 巨匠(マエストロ)たちのラストコンサート

世に「白鳥の歌」という言葉があります。おもに作曲家や詩人たちが遺した最後の作品をこのように呼ぶことが多いのですが、これは古代ギリシャの哲学者プラトンが『パイドン』の中で次のように語っていることからも、古くから言い伝えられていることがわかります。

「白鳥は、死ななければならないと気づくと、それ以前にも歌ってはいたのだが、そのときには特に力いっぱい、また極めて美しく歌うのである」(岩波書店,岩田靖夫訳)

この後,プラトンは白鳥が音楽の神ともいわれるアポロンの使いであることを指摘します。つまり、白鳥が最後に力をふりしぼって歌う歌は、まさに「アポロンへの賛歌」だと言えるのかもしれません。

クラシック界の巨匠(マエストロ)たちがどのように自らの演奏生活の終焉を意識し、その限界と戦い、そして「その日」を迎えていったのか。この本にはその軌跡が描かれています。取り上げられているアーティストはトスカニーニ、バーンスタイン、グレン・グールド、フルトヴェングラー、カラヤン、マリア・カラスなど20世紀を代表する、まさに巨匠たちです。

それぞれのアーティストにそれぞれの生き様がある−そんなことは自明のことなのですが、こうやってそれぞれの「ラストコンサート」について読み進めていくと、僕にはどうしてもそこに巨匠たちの音楽と人生に対するメッセージがあるように思えてなりません。

人はいつ人生の「ラストコンサート」を迎えるのかを知ることなく生きています。もちろん、それを意識して生きることも可能でしょう。でも、いずれの場合にも、白鳥が切なく最後の歌を歌う様に似て、どんな巨匠たちも一人の人間として、苦しみ、悩み、そして、突然、その存在を消すのです。僕はその人間くささに深い感動を覚えました。

軽やかな語り口ではありますが、生きるということについて、考える時間を与えてくれた一冊でした。夕暮れ時の読書にどうぞ。

バックナンバー

  • 坂元 勇仁
  • 井上 勢津
  • 田中 エミ
  • 国崎 裕

イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)