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北欧ときめき情報〜Wind from the north Vol.11

Vol.11 一人の人間として生きる

7月になりました。ノルウェーはすでに先月下旬から夏休みに入っています。多くのノルウェー人は海辺や山にある別荘や南ヨーロッパの太陽のもとで思い思いに長いバカンスを過ごします。私は、留学中、夏休みはいつもノルウェー語集中コースに通っていました。バカンスを満喫するノルウェー人たちを横目で見ながら、試験漬けの毎日でした。母国語がノルウェー語に近いヨーロッパからの受講生と席を並べて、泣きだしたいこともしばしば……。今では懐かしい思い出です。

ノルウェーで音楽療法を学び始めて最初にぶつかった壁は、ノルウェー人が「知的障害者」をどのようにとらえているのか実感としてよく分からなかったこと。実習に行っても、大学でのディスカッションでも、先生や友人たちは私より的確に「知的障害者」についてとらえ、はるかに自由な発想を持っているようなのですが、彼らの知的障害者に対する、言葉にできないような共通の感覚はつかみどころありませんでした。これにノルウェー語の不自由さも加わり、暗闇にいるような日々が続きました。これは何とかしなくてはいけない、このままでは大切なことを学ぶことができないと思い、目を通したのが今回ご紹介する書籍の一部でした。それは1982年にスウェーデンの知的障害協会附属研究所ALAによって出版されたもので、2000年には日本語翻訳版が出版されました。知的障害者と共に生きるということを前提として、知的障害者ペーテルの状態を身体、物的環境、社会的環境、心理などの側面から具体例をあげて、全体像としてとらえています。ペーテルの「障害」に焦点を当てるのではなく、ペーテルを一人の人間としてその全体像を見ていく北欧の人々の姿勢が納得できる一冊です。そして、読みすすむうちに、一人の人間である自分自身のことも考えるようになってきます。

台所からの賛美歌

「おもしろいノルウェー映画が上映されているから行かない?」当時、学生寮のキッチンをシェアしていた仲間たちにこう誘われてノルウェーで見たのが「キッチンからの賛美歌」という映画でした。ちょっと悲しくて、それでいて心温まる内容で、強く印象に残りました。それから1年半後、この映画は「キッチン・ストーリー」というタイトルで日本でも封切られました。舞台は北ノルウェーの小さな集落。そこにスウェーデンからキッチンの研究チームがやってきて、キッチンでの行動の調査研究を始めますが、北ノルウェーの人々は大都市ストックホルムの研究者が考えるようなキッチンの使い方をしないのです。一人暮らしの老人とスウェーデン人研究者はお互いに相手の行動や心の中を探り合ううちに心を通わせるようになり……。強いヒーローが登場するわけでも、りっぱな教訓があるわけでも、血が騒ぐようなアクションがあるわけでも、うっとりするようなラブストーリーがあるわけでもない。そんなところがノルウェーらしい映画です。ちなみに学生寮の私たちのキッチンも、仲間に髪の毛を切ってもらうのはあたりまえ、自転車を磨いたり、ゲストが寝ていたりと、かなり不思議なキッチンでした。
  • キッチン・ストーリー 監督 ベント・ハーメル
    出演 ヨアキム・カルメイヤー、トーマス・ノールストローム、レイネ・ブリノルフソン、ビョルン・フロベリー
    配給 エスピーオー
    DVD発売 2004年11月
    商品番号 OPSD-S262
    定価 本体3980円+税

バックナンバー

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  • 井上 勢津
  • 田中 エミ
  • 国崎 裕

イラスト:村越陽菜(むらこしはるな)