日本音楽への招待 野川美穂子 音楽専門館 アルテスパブリッシング

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第3回

 葬式や法事で耳にするお坊さんの声に心洗われた経験のある人は少なくないだろう。仏教儀礼(法要)のおりに僧侶が唱える声楽曲は、声明(しょうみょう)とよばれる。声明は、葬式などの在家の儀礼でも唱えられるが、寺院でおこなわれる大規模な儀礼では、もっと多くのさまざまな声明が、一定の法式にのっとって唱えられる。南都系(奈良仏教)、天台系、真言(しんごん)系、禅系、浄土系、真宗(しんしゅう)系、法華(ほけ)系など、たくさんに枝分かれする仏教宗派のそれぞれが、特徴ある魅力的な声明を伝えている。
 声明の目的は、国家や民衆の安泰を願う祈りであったり、僧侶の修行であったり、敬虔な宗教心の発露であったりと、あくまでも仏教につながる。しかし、その静謐な声は、心にうったえ、音楽的な感動をもたらす。宗教的であると同時に芸術的でもある。だからこそ声明は、日本人の感性や日本音楽の特徴に大きな影響をあたえてきた。洋楽とキリスト教音楽との切り離せない関係と同じである。

声明の伝来

 日本の声明は、仏教の発祥地インドから直接に伝えられたものではない。インドから中国に伝えられて中国化したもの、あるいは中国で新たに作られたものが、仏教儀礼とともに伝来した。その時期ははっきりしないが、仏教が伝えられた538年(一説に552年)に、そう遠くない時期であっただろう。声明をともなう法要の古い記録には、天平勝宝4年(752)の東大寺大仏開眼供養会がある。1万人におよぶ僧侶が出仕し、雅楽や伎楽などのさまざまな楽舞が披露され、声明の代表曲《唄(ばい)》《散華(さんげ)》《梵音(ぼんのん)》《錫杖(しゃくじょう)》が唱えられた。大仏の完成を祝う国際色豊かな催しのなかで、声明の大合唱がどのように響いたのか、想像するだけでも、荘厳な迫力に圧倒されてしまいそうだ。
 東大寺といえば、「南無観南無観」と宝号を力強く繰り返す修二会(しゅにえ)の声明も有名である。「お水取り」の名称で親しまれ、振り回される松明(たいまつ)、火と水の行法に目をうばわれる春迎えの行事であるが、この修二会が始まったのも752年と伝えられる。修二会は、この年から現在まで、1年も欠かさずに続けられている。
 その後、平安仏教、鎌倉仏教と宗派がつぎつぎに開かれ、儀礼も多様化するなかで、新たな声明が中国からもたらされた。同時に、日本でも声明が作られた。声明は宗派によって異なり、文字に書かれた詞章が同じでも、発音や旋律が違うことは少なくない。それぞれの宗派が長年にわたって整えながら伝えてきたものなので、時代的な変化も大きい。
 なお、中国では、仏教声楽曲を「梵唄(ぼんばい)」とよび、言語学や音声学を意味するサンスクリット語「サンスクリット」を「声明」と漢訳する。日本では、平安時代以降、外来系および和製の仏教声楽曲の総称として、「声明」を使うようになった。

声明の特徴

 声明にはたくさんの曲があり、それぞれ曲名が付いている。法要では複数の曲をつぎつぎに唱え、その構成は、法要の種類や宗派によって異なる。

①詞章

 声明の詞章は、経典や宗祖の著述を出典とするものが多い。発音は、梵語(ぼんご)(サンスクリット語)、漢語、和語の3種に分けられる。
 真言宗豊山(ぶざん)派の声明を例にとれば、梵語で唱える《四智梵語》は「唵嚩曰囉薩怛嚩(おんばざらさとば)……」と始まるが、これは、7世紀頃にインドで作られたサンスクリットの詩文の発音を漢字に書き写し、中国なまりで発音する曲。いっぽう、漢語で唱える《四智漢語》は「金剛薩埵摂受故(きんこうさったせっしゅうこ)……」と始まり、《四智梵語》の詞章の意味を中国語に翻訳して、新たに節付けし、漢音で発音する曲。梵語と漢語の声明は、《唄》《散華》《梵音》《錫杖》《讚》などの外来系声明を中心とするが、それらの様式にならった《讚歎(さんだん)》《伽陀(かだ)》などの和製声明もある。

 これに対し、《表白(ひょうはく・ひょうびゃく)》は、「……夫以ミレバ、高祖大師ハ、初ニハ佛前ニ願ヲ發して(それおもんみれば、こうそだいしは、はじめにはぶつぜんにがんをおこして)……」というように、和語(日本語)で発音する。和語の声明の多くは漢文訓読体で、法要の趣旨や教義を説明する内容である。平安時代以降の和製声明に属し、《表白》《神分(じんぶん)》《祭文(さいもん)》《講式》《和讚》などの曲がある。

②音楽

 声明は基本的には単旋律で、独唱曲と斉唱曲がある。斉唱曲の多くは、「頭(とう)」(「音頭」「句頭」)とよばれる独唱部分に、「同音(どうおん)」(「助音(じょいん)」)とよばれる斉唱部分が続く。頭が終わりきらないうちに同音が始まることもあり、その場合には複旋律のように聞こえる。また、声をそろえることにこだわらず、それぞれの人が自分の声域にあう音高から発声したり、複数の曲を同時に唱える演出もあるので、単旋律とはいいながら、その響きは多彩である。
 旋律的には、自由リズムで、生み字*1を長く引き延ばして装飾的に音高を変化させるメリスマ型*2の曲が多い。その代表が《唄》である。ユリ*3に代表される類型的な旋律を多用する技巧的な曲で、老練の僧侶が独唱する。いっぽう、《祭文》のように、明確な拍があり、言葉の抑揚に即した単純な音高で進行するシラビック型*4の曲もある。《五悔(ごげ)》《九方便(くほうべん)》のように、拍節的な曲もある。音楽性の違いは、《唄》を唱えることを「唄を引く」と称し、《祭文》を唱えることを「祭文を読む」と称することにも象徴されている。
 また、釈迦の入滅(死)を説き明かす涅槃講式(ねはんこうしき)のような《講式》では、物語的に展開する詞章の内容にあわせて、メリスマ型の旋律やシラビック型の旋律、言葉に近い発声の部分を効果的につなげていく。クライマックスに相当する詞章には、音楽性に富んだ高音域のメリスマ型旋律が付いている。こうした《講式》の音楽的特徴は、「平家(へいけ)」(『平家物語』を琵琶伴奏で弾き語る音楽)をはじめ、物語を詞章とする後世の日本音楽の作曲法に大きな影響をあたえた。
 声明には楽器を使うこともある。楽器には、繞(にょう)、鈸(はち)、鏧(きん)、双盤(そうばん)、木魚など、鳴物(ならしもの)とよばれる打楽器類が多い。木魚のように声明のリズムをとることもあるが、曲と曲の切れ目の合図に鳴らすことが多い。鳴物の種類や使い方は宗派により異なり、がいして禅系では多くの種類が使われる。鳴物には、梵鐘(ぼんしょう)、雲版(うんぱん)、魚版(ぎょばん)などのように、寺院内の生活の合図に使われるものもある。

*1
生み字……長く引き延ばして歌うことによって生じる母音。「かァー」と歌うときの「ァ」の部分にあたる。
*2
メリスマ型……詞章の1モーラ(最小単位の発音)に複数の音高が対応する音楽様式。たとえば、「か」という発音が複数の音高にわたって長く引き延ばされて歌われるような様式をいう。
*3
シラビック型……詞章の1モーラに1つの音高が対応する音楽様式。
*4
ユリ……装飾的に音高を上下させること。

法要の構成

 法要の流れを大きく区分すると、〈導入部〉〈中心部〉〈結尾部〉の3部になる。導入部は、法要をおこなう道場に僧侶が集まり、法要の趣旨を説明し、仏・法・僧に供物を捧げ、道場を清め、仏や菩薩(ぼさつ)が道場に降臨するよう願う部分である。《讚》《祭文》《供養文》《総礼》《唄》《散華》《梵音》《錫杖》などの曲を唱える。続く中心部は、法要の目的をはたす部分。仏や宗祖への報恩や祈願、教義の解明などの目的にあわせて、《講式》《真言》《称名悔過(しょうみょうけか)》《論義》《経釈(きょうしゃく)》などを核とする声明を唱える。結尾部では、その法要の功徳が参会者と衆生におよぶことを願う《回向(えこう)》などを唱える。
 それぞれの部分で唱えられる曲は法要により異なり、その内容によって、たとえば《唄》《散華》《梵音》《錫杖》の4曲を用いる法要は「四箇法要(しかほうよう)」、《唄》《散華》の2曲を用いる法要は「二箇法要(にかほうよう)」とよばれる。

 声明はあくまでも仏教儀礼に結びついたものであるが、その1曲1曲の豊かな音楽性には驚かされる。ゆったりとした時間のなかに朗々と響く声には、「癒し」という言葉そのままに、心の安らぎや懐かしさを感じる。いっぽうで、男声の力強さと迫力ある声に心が揺さぶられることもある。導師(法要を統括する責任者)がおこなう修法。《散華》にみられるような式衆(法要に出仕する僧侶)の所作。仏や菩薩などの美しく厳かな本尊、それをとり囲むかずかずの仏具とともに、視覚にうったえるものも多い。
 こうしたことから昨今は、寺院ではなく、国内・国外の演奏会場でも声明が披露されるようになった。グレゴリオ聖歌のCDが売れているのと同じように、宗教を超えた声明の魅力に注目が集まってきている。

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 真言宗豊山派《云何唄(うんかばい)》の楽譜(2006年発行『豊山聲明大成』より転載)。
 声明の記譜法は「博士(はかせ)」とよばれる。右端の「云何得長壽(うんかとくちょうじゅ)」は詞章。詞章の1文字ごとに、その左に本博士(太線)、さらに左に仮博士(かりはかせ)(細線)*5がある。本博士は、白丸を起点とする直線の方向で音高を示し、「ス(まっすぐに唱える)」「片ユ二(「片ユ」とよばれる旋律型を2回唱える)」というように、唱え方や旋律型の名前を注記する。仮博士は、白丸を起点とする直線や曲線によって、旋律の動きのイメージを視覚的に表現するもの。旋律型の名前も書き添える。メリスマ型の長い旋律で唱えられる「壽」の場合には、「ジュ」とある白丸から始まり、上へ上へとたどって、「切」とある白抜線のところまで続く。
*5
『豊山聲明大成』では、従来の仮博士に工夫を加えていることから、「新仮博士」とよぶ。黒線と白抜線の区別などにより、従来より音高を詳しく明示できる。
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コラム

楽器と動物

 東大寺のお水取りをはじめ、南都系(奈良仏教)の法要や修験道(しゅげんどう)の芸能で、悪鬼や猛獣を追い払うために吹く法螺貝(ほらがい)。らせん状の巻きの頂点を吹口(ふきくち)とする。動物をそのまま楽器とする法螺貝はとうぜんながら、日本の楽器には、形や音のイメージを動物に重ねあわせるものが少なくない。
 鳴物(ならしもの)の魚板は、鯉、または魚の尾と龍の頭をもつ動物が珠(たま)をくわえる形。木魚は、握り手の部分に、1つの珠をくわえる2匹の龍の頭をかたどり、桴(ばち)で打つ部分には鱗(うろこ)模様。どちらも、昼夜目を閉じない魚のような修行を願うものという。鰐口(わにぐち)は、金属性の本体の下部に、鰐(鮫(さめ))の口に似たスリットがあることに由来する名称。笙(しょう)は鳳笙(ほうしょう)ともよばれるが、17本の竹管が並立する形を、翼をたてて休む鳳凰(ほうおう)にみたてている。箏(そう)には、横たわる1匹の龍のイメージで、龍頭、龍角、龍手などの各部名称がある。
 また、龍笛(りゅうてき)や能管などには、吹口と頭端の中間の節の裏側に、蝉(せみ)とよばれる小さな装飾が付く。これは、竹の節からのびる小枝を、木にとまる蝉にみたててデザインしたもの。3匹の唐獅子(からじし)を鼓面に描く楽太鼓、鼓台の飾り枠に鳳凰や龍の彫刻がある雅楽の大太鼓(だだいこ)も、動物を楽器の装飾に使う。ちなみに大太鼓は鼉太鼓(だだいこ)とも書くが、「鼉(だ)」は巨大な鰐の一種で、一説に、その皮を太鼓の皮に用いることがあったという。伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)で奉納される鵄尾琴(とびのおごと)には、頭部に鳥の尾形の装飾がつく。
 音のイメージを動物に重ねあわせる例には、だれしも思い浮かべる狸(たぬき)の腹鼓(はらつづみ)をはじめ、龍笛や篳篥(ひちりき)がある。龍笛は別名を龍吟(りゅうぎん)といい、龍または鳳凰の声を写すとされる。篳篥の音は、迦陵頻伽(かりょうびんが)(極楽で美しく鳴くという想像上の鳥)のさえずりや暁の猿の声といわれる。
 こうした動物と楽器との関連には、中国からの影響が大きい。また、龍や鳳凰など、想像上の動物が多い背景には、その霊力にあやかりたいという願いがこめられている。

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耳寄り演奏会情報

関連イベント

法会具現絵巻第五回 高野山の声明 修正会(しゅうしょうえ)

開催日 2009年2月21日
出演 真言声明の会
場所 東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)
詳細情報 http://shop.tokyo-shoseki.co.jp/ad/00005/
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野川美穂子(のがわ・みほこ)

東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科にて博士号取得(人文科学博士)。東京藝術大学、東海大学、法政大学、武蔵野音楽大学、国立音楽大学、桐朋学園芸術短期大学などにて、日本音楽史や芸能論の授業を担当。
著書に『地歌における曲種の生成』(第一書房)。共著に『日本の音の文化』(第一書房、1994)『軍記語りと芸能』(汲古書院、2000)、『日本の楽器──新しい楽器学に向けて』(出版芸術社、2003)、『和楽器の魅力』(NHKソフトウェア、2003)、『日本の伝統芸能講座 音楽』(淡交社、2008)など。2001年に(財)清栄会奨励賞、2006年に第23回志田延義賞(日本歌謡学会)を受賞。

つづく