日本音楽への招待 野川美穂子 音楽専門館 アルテスパブリッシング

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第1回

はじめに

 「日本音楽は難しい」「日本音楽は退屈」。そんな声をしばしば耳にすることがある。さまざまな音楽が巷にあふれているにもかかわらず、日本で生まれた音楽は、現在、遠い存在になっている。音楽は、もとより知識や理解、教養の対象ではない。心を揺さぶる力にこそ、魅力の鍵がある。この連載では、12回にわたって、日本音楽の代表的な種目を紹介していく。それはいわば「知識」としての日本音楽であるのかもしれないが、この連載をきっかけに、みなさんが日本音楽に興味をもち、心を揺さぶる日本音楽の発見につながってほしいと思っている。

日本音楽の起源

神話のなかの音楽

 日本における音楽の起源は、どのようなものであったのだろう。『日本書紀』神代上・第5段には、葬送の音楽を描く、次のような記述がある。

 一書に曰く、伊弉冉尊、火神を生む時に、灼かれて神退去りましぬ。故、紀伊國の熊野の有馬村に葬りまつる。土俗、此の神の魂を祭るには花の時には亦花を以て祭る。又 鼓 吹 幡旗を用て、歌ひ舞ひて祭る。 (日本古典文学大系『日本書記 上』岩波書店)

 打楽器(「鼓(つづみ)」)や管楽器(「吹(ふえ))を用いて、出産で亡くなった伊弉冉尊(いざなみのみこと)を弔っている。この記述のように、『日本書紀』『古事記』『万葉集』『風土記』には、神や人が歌い、舞い、楽器を奏する場面がじつに豊富にある。天の岩戸に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)の前で、足を踏みならし踊った天鈿女命(あまのうずめのみこと)の神話を思い浮かべる方もいることだろう。悲しみ、喜び、祈り……。さまざまな思いがこめられた音楽の世界に出会うことができる。日本音楽の起源を考えるとき、こうした記述は参考になる。しかし、それらの記述が史実そのままを映し出しているとはかぎらない。

土から掘り出された音楽

 音楽の起源を推測する確かな史料は、なんといっても、土から掘り出された考古学的遺物である。遺物には楽器や埴輪(はにわ)が含まれる。世界に目を向けてみれば、マンモスの牙製の笛(約37000~30000年前。ドイツ南西部の洞窟)、マンモスの骨製の打楽器(約20000年前。ウクライナ・メジン遺跡)、鶴の骨製の笛(約7000~8000年前。中国・賈湖(かこ)遺跡)などの出土例がある。
 日本の出土例は縄文時代前期の遺物に始まり、内部に複数の丸(がん)が入っている土鈴(7000~5500年前。長岡市大武遺跡。胎内(たいない)市二軒茶屋遺跡)が古い。ほかには、石笛(いわぶえ)、土笛なども発見されている。石笛とされる遺物には、ほんとうに笛なのか、人間が作ったものなのか、不確かなものもある。穴の開いた石であれば、笛にすることができるからだ。そもそも、この時代の「楽器」は、現在の私たちが考える「楽器」とは少々違っていたかもしれない。たとえば土鈴は、耳もとでかすかに聞こえるていどの、ごくごく小さい音しか出せず、第三者には音が届かない。出土楽器には、神との交信、自分自身への癒しなど、神秘的・呪術的用途を推測できるものが多い。
 以下に、縄文から古墳時代のおもな遺物を列挙してみよう。楽器であるかどうか疑問視されているものには、下線をつけた。

縄文時代:
土鈴、石笛、土笛、土鈴、ヘラ状木製品(弦楽器?)有孔鍔(つば)付土器(太鼓?)骨笛(狩猟笛?)
弥生時代:
土笛、石笛、けん(けん)、銅鐸(どうたく)、小銅鐸、コト、筑(ちく)状弦楽器、鋸歯(きょし)状木製品・刻骨(こくこつ)(ササラ?)弓弭(ゆはず)状木製品(弦楽器の頭部?)
古墳時代:
土鈴、土笛、石笛、小銅鐸、コト、筑状弦楽器、横笛(?)、奏楽埴輪(弾琴埴輪、太鼓奏者埴輪など)、土製のミニチュア楽器

消えた楽器、残った楽器

 これらのなかには、現行楽器につながるものもあれば、途中で絶えたものもある。たとえば、弥生時代のけんは、卵やヤシの実に似た土製の遺物で、前面に4個、後面に2個の孔がある。用途不明であるが、中国や韓国の雅楽器・けんに似ていることから「けん」「陶けん」とよばれ、笛と推測されている。山口県下関市綾羅木(あやらぎ)遺跡をはじめ、九州から山陰地方の日本海沿岸から出土し、出土時期は弥生時代の前期に限定されている。音を出せないものもあり、音を出す以外の用途があった可能性、特定の儀礼に結びついていた可能性など、一時期に使われ衰退した原因にも関連づけて、いろいろな説がとなえられている。
 音が鳴らなくなり、その後消えてしまった遺物といえば、銅鐸も同様である。初期の銅鐸には、本体中央にぶらさげる棒状の舌(ぜつ)が残り、本体を揺り動かして音を発した痕跡がある。しかし、大きさや装飾が強調されるにつれ、音を発する機能は失われた。これは「聞く銅鐸」から「見る銅鐸」への変化といわれている。
 いっぽう、現行の楽器につながる遺物もある。箆(へら)に似た形をしていることから「ヘラ状木製品」とよばれる遺物は、弦を張り渡すことが可能で、アイヌのトンコリとの関連が指摘されている。ただし、楽器ではなく、紡織に使う道具とする説もある。また、弥生時代の遺跡から出土した横長の弦楽器「コト」は、雅楽器のひとつ、和琴(わごん)の祖型と推測されている(註:「コト」は、弦楽器をさす和語。のちに「琴」「箏」の漢字で書くようになるが、ここでは限定できないので、片仮名表記とした)。弦をとりつけるための複数の突起があり、この特徴が和琴に受け継がれた。コトを演奏する姿は、5世紀後半以降の古墳から出土した埴輪に象られている(写真1)。埴輪の奏者の多くは、弦をはじく道具を指先に持ち、琴軋(ことさぎ)で奏でる和琴に通じる。

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福島県立泉崎村原山1号墳出土の弾琴埴輪(福島県立博物館所蔵)。古墳時代中期末。高さ47.3cm。奏者から見て左側に、弦を張るための突起がある。指先はのちの時代に補われたもの。右手になにかを持っていた可能性がある。

出土した弦楽器

 出土した弦楽器の代表であるコトは、大きく、板状タイプ(「板作り」)と共鳴体付きタイプ(「槽(そう)作り」)に分けられる。板状タイプは、50cm内外の1枚板。昭和18年(1943)に発見された静岡市登呂(とろ)遺跡(弥生後期)の例は、弥生時代にコトが存在したことを最初に明らかにした記念碑的遺物である(写真2)。いっぽう、共鳴体付きタイプのコトは全長100cm以上のものが多く、なかには160cmを超える例もある。突起の数は6個が多い。ほとんどは板の下に共鳴槽を付ける形状で、一部には、槽を逆さにして下から板をあてる形、箱状に槽を組み立てる形もある。静岡県浜松市角江遺跡(弥生中・後期)、福岡県春日市辻田遺跡(弥生後期)、千葉県茂原市国府関(こうせき)遺跡(弥生末から古墳前期)、島根県八束郡八雲村前田遺跡(古墳後期)など、出土例は弥生時代から奈良時代にわたっている。

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静岡市登呂遺跡出土の板作りのコト(撮影:筆者)。弥生時代後期。全長42cm。裏面には無数の傷が残り、楽器として使われたのちにまな板に転用された可能性がある。登呂遺跡からは、槽作りのコトも出土しており、そのうちの1点は漆(うるし)で塗られている。

 弦楽器には「筑状弦楽器」とよばれるものもある。これは、幅が10cmていど、長さが60cmから80cmくらいの木製品で、弦を張るための5個の突起をもつ。裏側を両端から削りこんでおり、楽器の断面が二等辺三角形か半円となる点に特徴がある。以前は、コトの一種と考えられていたが、古代中国の「筑」という楽器に似ているので、最近は「筑状弦楽器」とよばれるようになった。箏(そう)や琴(きん)のように横たえて演奏したのか、筑のように体の前に楽器を突き出すように構えたのか、トンコリのように楽器を立てて構えたのか、奏法は不明ながら、弦楽器の一種であることはまちがいないだろう。
 楽器や埴輪は日本音楽の起源を知る大きなヒントであるが、残念ながら、音楽そのものは伝えていない。どのような旋律を奏で、歌や舞とともに、人々の生活にどのように息づいていたのかは、推測するしかない。しかし、現代の日本音楽の土台となったものであり、日本人の音感のどこかに、その時代から受け継がれてきたものが残っているにちがいない。

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音楽と性別

 音楽や楽器には特定の性との結びつきが強いものがある。たとえば、埴輪に象(かたど)られたコトの奏者には、男性の髪型である美豆良(みずら)姿が多く、弥生時代の出土コトの奏者も男性であったと思われる。コトは奈良時代に和琴へと発展したが、中国から伝来した箏とともに、男性によって弾かれた。しかし、平安時代以降は、『源氏物語』に描かれるように、女性にも好まれる楽器となる。
 いっぽうで、笛や琵琶は男性に好まれた。性別との関連は、専門家の場合にとくに顕著である。神話の天鈿女命は、音楽と舞踊の女性の専門家の嚆矢といえるが、白拍子や遊女をのぞけば、その後の音楽家は男性主体である。尺八は、江戸時代には、普化(ふけ)宗の僧侶である男性が吹奏した。現在でも、雅楽を演奏する宮内庁式部職楽部の方々は男性であり、歌舞伎や文楽で音楽を演奏する方々も、基本的には男性である。 箏は、男性盲人が専門家であった江戸時代を経て、現在は女性の専門家が多いが、これは平安時代以来、愛好者に女性が多かったことに起因している。

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野川美穂子(のがわ・みほこ)

東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科にて博士号取得(人文科学博士)。東京藝術大学、東海大学、法政大学、武蔵野音楽大学、国立音楽大学、桐朋学園芸術短期大学などにて、日本音楽史や芸能論の授業を担当。
著書に『地歌における曲種の生成』(第一書房)。共著に『日本の音の文化』(第一書房、1994)『軍記語りと芸能』(汲古書院、2000)、『日本の楽器──新しい楽器学に向けて』(出版芸術社、2003)、『和楽器の魅力』(NHKソフトウェア、2003)、『日本の伝統芸能講座 音楽』(淡交社、2008)など。2001年に(財)清栄会奨励賞、2006年に第23回志田延義賞(日本歌謡学会)を受賞。

つづく